
立川市高松町の立川通りで見掛けたかなり旧式の『電話ボックス』。そもそも今電話ボックスを見ること自体が珍しい。公衆電話は昭和時代には急速に増えていき携帯電話が無い時代にはずいぶんお世話になった。写真の電話ボックスは昭和29年に登場し赤い屋根とクリーム色から"丹頂形”と呼ばれたようだ。四方が透明ガラスになったのは東京オリンピックが開催された昭和39年で会場付近に設置された。その後昭和44年から全国的に使用され始め写真の"丹頂形”が姿を消していった。
私が高校生の頃、もう時効なので白状するが公衆電話をタダで使う裏技があった。公衆電話の使い方は受話器を上げコインを入れてダイヤルを回すが、相手が話し中やダイヤルを回さずに受話器をフックに戻すとコインが戻ってくる。裏技は受話器を上げコインを入れてダイヤルを回す前にフックを少しずつ下げていく。この微妙な感覚が肝心なのだが、ミリ単位で下げていくと通話可能な状態のままコインがチャリンと戻る瞬間がある。この絶妙なタイミングがたまらなかったが、結局電話を掛ける相手もいないのでそのまま受話器を戻した。
『アビーロードの街』
作詞:伊勢正三 作曲:南こうせつ 歌:かぐや姫 昭和48年
(JASRAC許諾期間終了のため歌詞省略)